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大阪地方裁判所 昭和25年(ヨ)1962号 決定 1953年3月13日

申請人 西垣清一郎 外五名

被申請人 京阪神急行電鉄株式会社

主文

申請人等の被申請人に対する解雇無効確認訴訟の本案判決確定に至る迄、被申請人は申請人等を被申請人の従業員として取扱い、且申請人石賀一江、藤井弥三夫、日角八十治、木戸節次に対し夫々別紙賃金表記載の賃金の割合に依る金員を昭和二十五年十一月一日以降毎月二十五日に支払わねばならない。

申請費用は被申請人の負担とする。

(無保証)

理由

当事者双方の提出した疏明資料により、当裁判所が一応認定した事実に基く理由の要旨は次の通りである。

一、本件解雇の事実について。

申請人等は孰れも被申請会社(以下会社と略称する。)の従業員であり、且会社従業員を以て組織する京阪神急行電鉄労働組合(以下組合と略称する。)の組合員であるが、会社から昭和二十五年十月二十四日申請人等に対し、諸般の事情を考慮されて十月三十日十六時迄に所属長に退職願を提出せられて円満に依願退職の形をとられるよう勧める。右期限迄に退職願を提出せられない場合は十月三十一日附で本通告書を以て辞令にかえ解雇する旨、の通告が為され、申請人等に於て右勧告に応ぜず期限迄に退職願を提出しなかつた為、申請人等は同日限り解雇されるに至つたものである。

二、本件解雇の効力について。

(1)  本件解雇が労働協約第二十五条所定の同意約款に違反するという主張について。

昭和二十五年五月二十二日会社と組合との間に締結された労働協約によると、第二十五条第一項本文には、会社は組合員を解雇するには第二章(協議会)の手続に従い組合の同意を得てこれを行う旨、定められ、第八条(第二章)には、次の諸事項の実施については予め協議会を開いて協議決定しなければならない、と規定して、その第二号に、組合員の解雇(懲戒による解雇、依願解雇、停年を除く)が掲げられ、第十二条(第二章)には、協議会の議事につき協議を成立させるには会社と組合と意見が一致することを要する旨、定められている。而して本件解雇に際り組合の同意を得るについて、会社と組合が昭和二十五年十月二十日から同月三十日迄の間五回に亘り為した協議の経過を看るに、先ず会社から次のような申入、即ち「現在の国際状勢国内情勢に鑑み、会社が重要な産業の一つとして且又公益性を持つている事業である点から、国家復興に対し会社を守りぬき、日本経済の一環としての使命を果すために、この際一応防衛態勢を整え将来を確立する観点に立ち、会社は一大決意をなし小数の従業員に非協力者として辞職を勧告したき」旨並その基準として「破壊的言動を為し、或は他の従業員を煽動し、若くは徒らに事端を繁くする等法の権威を軽視し、業務秩序を紊り、業務の円滑な運営を阻害する非協力者、又は事業の公益性に自覚を欠く者」とする旨の申入を為し、組合に於て右申入の趣意即ち企業を暴力により破壊するが如き分子を排除するという企図については諒承、基準については白紙、個々の不当解雇については反対の旨、一応回答し、次いで会社から被解雇者の退職処遇並各氏名の提示があり、その間同月二十四日会社は各被解雇者に対し前段認定のような解雇の通告を為したのであるが、その後更に協議が進んで、組合から各被解雇者の基準該当の具体的事由の提示を求めたのに対し、会社は目下は退職の勧告中であり、一方的解雇の時期に至つていないから之を議する段階でないことを主たる理由として応ぜず、遂に組合から「今回の会社の措置に対しては白紙で行く、従つて個々の通告者が、他の機関で争うことがあるかも知れないが組合としては争わない」と回答し、協議を打切つている。さて、右協議の経過から考えると、会社に於て組合に提示したのは、本件解雇の挙に出た趣旨及解雇基準並被解雇者の退職処遇及各氏名丈であり、基準該当の具体的事由については組合の要望あるにも拘らず之を斥けてその提示を拒否している。しかしこのように、組合が基準該当の具体的事由の提示を求めることは、個々の組合員の解雇の当否についてのみならず、その基準が本件の場合におけるが如く特に抽象的に表現せられ、組合としてその真意義を捕捉するに困難であつて、しかもかゝる基準の設定、適用の事例が未だ存しない場合に於ては該基準自体の当否についても之を検討する上から、組合として全く無理からぬ要求といわねばならないから、会社としては或程度組合の右要求に応ずるを至当とすべく、従つて之を全然拒否することは、基準自体の協議としてもその説明を尽したものと謂い難いと共に個々の組合員の解雇についての協議としても適切な協議手段を講じていないものと謂うの外はなく、会社には右協議について信義則に反する嫌があるが、更に右見地から本件解雇について組合の為した前掲回答の趣旨とするところを検討するに、右は組合としては当初、解雇基準の当否について賛否を留保して会社の説明を待つたのに会社に於いて前記具体的解雇事由発表拒否の態度を固持したため、結局、最後迄解雇に対する賛否を表明せず、否寧ろ賛否の表明を為すに由なき為、白紙を以てその一線を劃しているものと解するを相当とすべく、組合がこの線を出でて、明示は勿論黙示にせよ、同意を与えたものとは到底看ることができないし、又組合に於て無碍に同意を拒み拒絶の権利を濫用したものとも認められない。会社は前掲協議の進捗段階及組合の回答から推して、組合は事前にその同意権を抛棄して基準該当の個々の認定を会社に一任し、唯該認定が不当の場合にのみ争うとなし、且終りには右認定を当不当に拘らず組合としては争わないと回答したもので、終局的には組合の同意を得ていると主張するけれども、組合が単に、初めに不当解雇については反対すると述べたことのみを以て右の事前同意権の抛棄と見ることは到底できないのみならず、組合の回答の全趣旨は上記認定の通りであるから、会社の右主張は採用できない。従つて、本件解雇は組合の同意を欠き、労働協約第二十五条所定の同意約款に違反するものと謂わねばならない。

(2)  本件基準による解雇は企業防衛の本質上協約以前の問題である、即ちかゝる基準該当者は協約を俟たずして企業より排除し得るという主張について。

右の主張の趣旨は必ずしも明確ではないが、一般に解雇が協約を俟つて初めて為し得べきものとする前提を述べる趣旨であるとすれば、固よりその誤りなること明白(協約は本来自由なるべき解雇権に対して却つて制約を加えるものであるから)であり、又逆に、本件の如き解雇が一般に協約によつて制約し得られざるものなることを謂うものとすれば、かかる主張は何等の根拠のないものと謂わねばならない。蓋し、一般に現存する協約の拘束力を免れ得べき事由としてはかかる効果を意図する強行法規が考え得るのみであるが、本件の場合かかる法規の存在は何等之を認めることを得ず、会社の主張するが如き当時の総司令部の超憲法的政策の影響力というようなものも固よりかかる協約の拘束力を排除し得べき原由たり得るものではない。従つて会社主張の事由による解雇権の行使が一般的に協約の拘束力を受けないとする主張は全く理由がない。

更に右主張を、協約の拘束力の一般の問題ではなく、本件の具体的条項の適用の範囲外なりや否やの問題として考えて見てもその主張の失当なることは明白である。即ち、本件解雇に際し会社の掲げた解雇基準(その具体的適用の当否は別として)なるものを検討するに、その中には例えば、業務の秩序を紊る者、業務の円滑な運営を阻害する者の如く、明らかに性質上懲戒事由たり得べきものも存するが、しかしそれはその特殊な表現の点に於て従来から一般に懲戒事由として労使間に是認せられ来つたものと異なる種類に属するが如き印象を与え、特に会社の締結した本件労働協約第二十五条には懲戒による解雇を一般解雇とは別種として組合の同意の埒外に置き、第二十七条に於て懲戒手続及懲戒事項(別に協定した賞罰準則即ち賞罰準則第五条)を明確に規定しており、本件基準がこれ等の事由に一応該当しない観あるところより、右基準を審議した協議会席上に於ても、会社はこれを懲戒として取扱うものでないことを明言していることが明であるから、たとえ、その基準が大部分、本質上懲戒事由たり得るものとしても、本件協約の適用上は、これを懲戒事由と見ず、一般の解雇事由の一種としての取扱に服せしむるを以て、協約当事者の意思に最も適合したものと謂うの外はない。よつてこの点に於ても、本件の如き解雇が協約の適用を免れるとする会社の主張はその理由のないことが明らかである。

以上認定の通りであるから、本件解雇は労働協約第二十五条所定の同意約款に違反し無効のものと謂わねばならない。

なお、この点で本件解雇が既に無効である以上、申請人等主張の他の無効原因の有無については更に判断をなさない。

三、仮処分の必要について。

申請人西垣、西川を除くその余の申請人等は何れも勤労者で賃金により生計を維持しているので、本案判決確定に至る迄解雇者として取扱われ、その収入の途を絶たるに於ては、現在の世相の下他に生活資料を求むること極めて困難で生計に困窮し著しい損害を蒙むることが窺われるから、従業員としての地位の設定並賃金支払の仮処分をする必要があるものと謂わねばならない。しかし申請人西垣は豊中市北上野に五百五十坪余の宅地及百十坪の家屋を所有する外被申請会社の株式二千十六株並阪急園芸株式会社の株式二千株を有しているので、之によりその生計を一時凌ぎ得ないこともないから、本案判決に先立ち、直ちに賃金の支払を命ずる仮処分を為すを必要とする急迫な状況にないものと謂うべく、又申請人西川は今日迄引続き組合の専従者として組合から給料の支給を受けており、会社に対する賃金請求権は現に存在せず、亦将来に於てもその発生は未定であるから、賃金支払を求める被保全権利を有しないものと謂わねばならない。よつて右両名に対しては従業員としての地位の設定は格別、賃金支払の命令は発しない。

以上の次第であるから、本件申請は申請人等の従業員としての地位の設定並申請人西垣、西川を除くその余の申請人等に対する賃金支払を命ずるを妥当とし、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り決定する。

(裁判官 坂速雄 宮川種一郎 岩本正彦)

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